【更科堀井~麻布十番】

自称・蕎麦通のボスです(笑)

蕎麦の味には少しウルさいボスですが以前から気になっていた麻布十番の更科堀井に行ってみました。

更科堀井の詳細はこちらです☆

この更科堀井は歴史をたどるとかなり由緒あるお蕎麦屋さんのようです。

全国に「更科」を名乗るお蕎麦屋さんが沢山ありますが、この「更科」の正当な流れを継ぐお蕎麦屋さんはここの「更科堀井・総本家」のようですね!

寛政元年(一七八九年)、そば打ち上手として知られた信州の反物商、布屋太兵衛は、領主 保科兵部少輔の助言で、そば屋に転向。

麻布永坂高稲荷下に「信州更科蕎麦処」を開店いたしました。明治八年(一八七五年)、名字必称の令により、先業にちなんだ屋号「布屋」改め「堀井」を名のり、五代目より堀井太兵衛として伝統の更科そばを今日に伝えております。

堀井家の伝によると、創業は寛政元年(1789年)。初代は、信州特産の信濃布を商っていたのがそば屋に転じたもので、領主・保科家の江戸屋敷から程近い麻布永坂町に店を構えた。看板は「信州更科蕎麦処 布屋太兵衛」。「更科」とは、信州そばの集散地だった更級の「級」の音に保科家から許された「科」の字を当てたものと伝えられる。
当時から大名屋敷や有力寺院などに出入りしていたが、明治時代半ばの最盛期には、皇后や宮家などにも出前を届けていたという。看板商品は白いさらしなそばと変わりそば。それらに使うそば粉の挽き方を改良し、現在のさらしな粉に近い粉にしたのも、この店の功績とされる。

また、この時期、土産のそばを目籠詰めにして売り出して、こちらも麻布永坂「更科」名物として大いに評判になったという。各地に「更科」が増えたのは、この永坂の繁栄にあやかろうとしたもの、という説が有力のようだ

江戸時代から伝わる200年以上の歴史がある老舗のお蕎麦屋と知るとますます食べたくなりますね!\(^o^)/

更科堀井は麻布十番の商店街にお店があります。

比較的大きなお店なので商店街を歩いていればすぐにわかると思います。

この更科の大きな提灯が特徴的で、お蕎麦を食べるモチベーションを上げてくれます♪

夕方になるとこの提灯がより一層引き立ちます

夕方の早い時間に行ったのですぐに入れました。

しかし人気があるお店なので6時を回るとすぐに満席状態。

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お店の歴史を読んで感心しながら注文したメニューを待つ。

初めて来て分かりましたが、歴史のあるお店なんですね☆

さぁ来ました!来ました!

今回はざる蕎麦とかき揚げを注文

香と風味豊かな手打ちそばが来ました。

見るからに美味しそうです

カラッと揚がったかき揚げは見事なボール状のカタチをしております。

普通のかき揚げと比べ特徴的です。

いかにも揚げたてで美味しそう

実際に食べてみると・・・・これはかなり美味い蕎麦です!!

まず、お汁を付けずにお蕎麦だけで食べてみましたが、何もつけなくても美味しいお蕎麦です。

自然の甘味があり蕎麦特有の風味も豊か。

お汁を付けて食べると更に蕎麦の味が引き立ちます。

蕎麦のコシもほどよくありバランスが良い。

そして、かき揚げも外はサクサク、中は野菜の素材がギュっと凝縮されたような美味しさ。

高級和食の天ぷらに近い食感と味でした。

さすが老舗・本家更科だけあってレベルが高い!

美味しいですよ♪

これはまた食べに行きたくなりますね。

近くにこんな美味しいお蕎麦屋さんがあるとは。

しかも更科本家!

ちなみに麻布十番には「更科」と名の付くお蕎麦屋さんが、ここを含め3店あります。

いずれも全く別の経営のお店らしいが、蕎麦通のボスとしてはそちらも今度攻めてみるかな?(*´ω`)

まぁ、更科堀井さんの蕎麦はとにかく美味しかった!